日々ぼんやり

仕事、家、対人関係、時々作ったもの

大盛況・ミュシャ展

2017年3月8日〜6月5日

六本木・国立新美術館にて、ミュシャが開催されていました。

 

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開催前から行きたいと思いながらも、なんやかんやと足を運んだのは、最終日前日。

混むだろうな…と予想はしていましたが。

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チケット売り場の前で、いきなり選択が迫られました。

帰る?並ぶ…?

 

 

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結局並ぶことにしましたが、嫌な予感しかしない。

 

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会場周辺をぐるぐると行ったり来たりして、1時間後、ようやく館内へ。

写真は撮れませんでしたが、館内もひたすらぐるぐる。

カフェでゆったりと和む人たちを横目に、もう1時間、ぐるぐる…

 

そしてついに。

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入場目前!

2時間分の疲れも、ここで一気に吹き飛びます。

いよいよ、ミュシャ展入場です。

 

 

 中へ入ると、目玉のスラブ叙事詩の1枚『原故郷のスラブ民族』が出迎えてくれました。

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610×810という大きなキャンバスに描かれた絵の迫力に、一瞬頭が真っ白に。

さらに足を進め、1枚1枚、遠くで見たり近くで見たりと堪能しました。

 

そして少し奥へ進むと、撮影可能ブースが!

ここぞとばかりに撮りまくる人々。

ももちろん、その中の1人。

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とにかく美しかった…(語彙力がない)

 

普段の美術鑑賞とはまた違ったサイズ、とにかく大きなサイズ。

それが20枚も集まると、まさに言葉が出てこない状態になりました。

 

 

撮影可能ブースを過ぎると、普段見慣れたミュシャの絵がずらり。

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細かな書き込みと、女性の艶やかな曲線にうっとり。

習作なども展示してあり、まさにミュシャ堪能!

 

こんな規模の展示会、次は一体いつになるのか…

並んででも観た甲斐は、大いにありました。

理想像。尊敬する人。の話

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(素材元:GATAG

 

私は、『八方美人ではない』という自負がある。

仕事中や初対面の人に対して、それなりに人当たり良く接してはいるが、

プライベートにおいては、無理して付き合う、ということはない。

私をこう育てたのは母親だ。

そして、母親にそれを許したのは、小学生の頃の担任だ。

今日はそんなお話。

 

 

ピカピカの小学1年生だった頃から、私は人を選んで付き合っていた。

幼心にも『この子は好きだからたくさん遊ぶ』『この子は嫌いだからあまり近付かない』という感情があり、外で遊ぶのはいつも幼稚園時代からの決まったメンバーだったし、家に連れてくる子は、その中のさらに数名だけだった。

母親は、幼稚園から小学校へと環境が変わった時、親心に「このままではいけない」と思ったのだろう。

よく、「お友達は他にいないの?」「学校の子たちと仲良くできてるの?」と心配していた。

しかし私の答えは、「お話する子はいるけど遊ばない」という感じだった。

 

小学校へ入って初めての、1対1の保護者面談。

母は担任に、「うちの子は他の子たちと仲良くできていますか」と聞いたそうだ。

元々癖のある性格な上、親の目線では、交友関係が幼稚園から変わっていない。担任にそれを話し、相談したのだと言う。

すると、その担任はこう答えた。

 

『お母さんは、お子さんに八方美人になってほしいですか?』

 

相談した真っ先の返答が、これだったらしい。

 

「みんなと仲良くしろ、とよく言われますが、僕はそうは思いません。」

「好き嫌いをはっきりさせて、その中から自分なりの正しい道を探すことも大切です。」

「どんなに頑張っても、人は、好きな人嫌いな人が出てきます。」

「好きになれない人へ労力を使うのではなく、娘さんの今輝いている個性を伸ばしていきたいと思っています。」

「娘さんが誰(何)を選ぶかは、娘さん自身です。これは、娘さんの人生です。」

 

母は、この担任の言葉にはっとし、それ以降、私に「みんなと仲良くしろ」とは言わなくなった。

担任はこの時母に、「かと言ってワガママが許されるわけではない。我慢も時には必要であること、周りを見ることは大切だということも、しっかり教えていきたい」と付け加え、それに母も納得した。

 

これが正しいことなのかどうかは、正直未だにわからない。

けれどそのおかげで、自分にとって『害』であるものを見極める力はそこそこ付いたし、少なくとも、自分自身の心はそれで安定している。

母の当初の心配をよそに、年を重ねるごとに私の友人は増えていったし、彼らはみんな、私にとってどこかしら尊敬する部分があり、私はそれを誇らしいとも思っている。

もし私が、八方美人で無理して周りに気を遣う人間になっていたら、こうはなっていないだろう。

無理をして疲れ、思い通りにいかない友人(?)への文句も増え、愚痴悪口を言う人間になっていた可能性だってある。

結果的には、私の人生としてはこれで良いと思えているし、それは母の、そして担任のおかげだと思う。

 

けれど、私がこの一連の出来事に関して感じるのは、親や担任への感謝の気持ちではない。

小学校1年生の担任が、ここまで『子供の未来』を考え、明確なビジョンを持ち、それを真正面から『親』に伝える。

そんな教師としての心意気を、尊敬した。

あの時担任は、確か30半ばくらいだった。

 

今のご時世、親が強くなり、教師の立場はどんどん弱くなっている。

しかし、私の頃も時代はまだ教師の方が力が強かったとは言え、地域柄、やはり教師はうかつな事を言える立場ではなかった。

そんな中、あの担任は「八方美人になる必要はない」と、小学1年生の母親に伝えた。

そして、自由奔放が許されるわけではない、やるべきことはやれるようにとも付け加えた。

これがどれだけ凄いことなのだろう、仮に私がその立場なら、できただろうかと、考えられずにはいられない。

 

 

教師に限らず、『人を教える立場』になった時、私もこんな風になりたいと思う。

いつか子供が生まれた時、『親』として、こんな風になりたいと思う。

今週のお気に入りツイート(3/12〜3/20)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネイルしてる人は料理をしないでほしいという話

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(素材元:GIRLY DROP

 

 

私は幼い頃、ネイルしている人に対して『料理しない人なんだろうな』と思っていた。

今考えれば偏見以外の何物でもないが、当時は本気で思っていた。

純粋な気持ちで、『あんな爪で料理をするわけがない』と思っていたのだ。

 

実際は、ネイルをしながらも家事育児をこなす人は、たくさんいる。

仕事柄、爪の先までオシャレをする必要のある人も、たくさんいる。

大人になった今は、ネイルしている人を見ても、『料理しない人』とは思わない。

 

けれど個人的な意見としては、

ネイルしている人は、料理をしないでほしい

私自身も、ネイルくらいはしなきゃいけないような職種に就いたことがあった。

けれど、自爪に塗りたくるのではなく、付け爪でやり過ごしていた。

自分の料理を、ネイルした手で作りたくなかったのだ。

 

長い爪で、お米を満足に研げるのか?

食材をうまく切れるのか?

カケラが料理に入ったら…?

 

そう考えると、とてもじゃないけど、色付きのゴテゴテ装飾した爪で、料理する気にはなれなかった。

それを他人にまで願うようになったのには、きっかけがある。

 

少し前まで、気に入って通っていたバーがあった。

料理メインで来る客、酒メインで来る客と様々な店だった。

そこはカウンター内にいる若い女の子が客をもてなす形式だったため、中にいる女の子たちは、こぞってオシャレをしていた。

もちろん、爪も長くキラキラさせていた。

当時の私は、そこで料理を注文したことがなかったせいか、その爪を見ても『お酒を作ることに影響はない』くらいに思っていたのだろう。

だからそれまで、彼女たちの爪を気にもしていなかったのだ。

 

しかしある時、訳あって軽い食事を注文した。

料理が運ばれ、真っ先に目に入ったのは、ポテトサラダの上に飾られた、小さな石

…ん?なんだコレは?

箸に手を付けず、ポテトサラダを眺めていた。

そしてすぐ後に、先ほどの女の子がハムとチーズを運んできた。

そのお皿を持っていた指先には、ポテトサラダに乗っている石と同じ石

…おいおい、まさか。

ハムとチーズを食い入るように見る。

すると…所々、キラキラしていた

持ってきた女の子の爪に、ラメはない。

ラメの主は、カウンター奥のキッチンから出てきた、副店長だった。

 

ネイルに付けていた石が取れて、ポテトサラダの上に。

ネイルを彩っていたラメが剥がれて、ハムとチーズに。

私はすぐさま、店員に伝えた。

店員は深々と謝り、すぐに作り直すように言ってきたが、私はそれを断った。

 

だって、ここにいる子、みんなネイルしているでしょう?

誰が作っても、同じことになるのでしょう?

落ちたら取ればいいって問題じゃないでしょう?

 

私は料理をキャンセルし、お代を払って店を出た。

それからは、あの店には行っていない。

 

昔から、『それ』を恐れていた。

だから子供心に、ネイルしている人は料理をしないものだと思っていたし、そんなことするはずないと信じていたのだ。

大人になり、色々な人生模様をこの目で見て、その考えは間違っていると気付いた。

けれど、『その恐怖』は常に自分の中にあった。

だから自分ではネイルをした手で料理はしなかったし、ネイルしている友人の手料理は、なるべく食べなくて済むよう裏で必死に動いていた。

なのに、本来の売りは女の子の接客とは言え、仮にも料理を出す店で、ネイルのカケラが入った品物を出されるとは思わなかった。

 

 

若い頃に、こんなやり取りを耳にしたことがある。

『そんな長い爪で、お米研げるの?』

『慣れれば問題ないよ』

『そんなに石くっつけて、料理に落ちないの?』

『コーティングしてあるから大丈夫だよ』

彼女たちのその言葉を、信用したことはない。

けれど、実際に問題があった例を体験してしまった私は、さらに今後このまま、思い続けるだろう。

 

ネイルしている人は、料理をしないでほしい。

 

というより、

 

料理する人は、ネイルをしないでほしい。

iPhoneゲーム『Gardenscapes』

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最近ハマっているゲームアプリが、『Gardenscapes』。

パズルを解いて物語を進めていくゲームです。

 

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ステージごとにミッションがあります。

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プレイの流れはこちら。

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タスクを完了させて、荒れ果てた庭を綺麗にしていくのが目的です。

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現在、ステージ419!

ついうっかり課金してしまいましたが、無課金でもコツコツ進められると思いますよ。

 

ガーデンスケイプ (Gardenscapes)

ガーデンスケイプ (Gardenscapes)

  • Playrix Games
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今週のお気に入りツイート(3/8〜3/11)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

営業・迷惑電話で学んだこと

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(素材元:pro.foto

 

朝一からかかってきた、迷惑電話。

実家にいた頃は自分で電話をとることがなかったし、携帯は知らない番号は基本的に出ないし。

事務の仕事を始めて、まず『電話対応』から学び始めた私。

1年ちょっと過ぎ、ようやく迷惑電話にも少しずつ対応できるようになってきた。

それでもまだまだ、手こずっているのは事実だ。

 

1.手段を選ばない

大体ああいった業者は、まず社長に取り次いでもらおうとする。

事務員(私)が用件を聞いても、営業の電話だとわかるように言う人は、当然少ない。

彼らの第一段階の目的は『社長に取り次いでもらうこと』であり、そのためなら平気で嘘もつく。

よくあるのは、

  • 「電話・電気料金の値段がおかしいので確認したい」
  • 「先日ご連絡いただいた件で~」
  • 「この時間にかけ直すよう言われた~」
  • 「以前お世話になった者ですが~」
  • 「ご相談いただいた試算表の件で~」

など。

この時期になると、「年度末調整の件で」なんかも増えてくる。

もちろん、本題は上記のようなものではない。

結局は『電話・電気のプラン変更』『機械や道具の売り付け』『ホームページ作成代行』などがほとんどだ。

 

2.自社名を誤魔化す

彼らは会社名を最後まではっきり言わない、もしくは早口でその瞬間をやり過ごし、どうにかして社長に電話を繋ごうとしてくる。

事務員歴1年ちょっとの私は、まだまだ『本当に社長に繋ぐべき業者』との区別がつかず、強気で対応できないこともある。

聞き取れた会社名と担当者名をメモするだけでも大変だ。

 

3.用件を誤魔化す

 電話対応に慣れてくるうちに、だんだん「なんだか怪しい」と感じることができるようになった。

何かに感づいた時、いつもするのが、「営業のお電話ですか」とはっきり聞いてしまうこと。

そう聞かれると、半分近くは「そうです」と白状(?)する。

『取り次いでもらうためのマニュアル』しか学んでいないのかなとも思う。

すかさず、取り次ぐことはできないと伝え、その業者を迷惑電話登録。

しかし、中には『営業電話をかけ慣れた人』も存在する。

「営業のお電話ですか」『違います』「ご用件は?」『先ほど申し上げた通り、○○の~(それっぽいことをつらつらと)』

警戒しつつも、「もしかして本当に必要な電話かも」「本当に約束があったのかも」と思ってしまうような話し方をしてくる。

始めのうちは、相手の言葉を信用し社長に取り次ぐと、用件が変わり結局はしつこい営業をされたということも多々あった。

今はそれに凝り、取り次ぐ際に電話を保留にし、すかさず電話番号を検索するようになった。

似たような迷惑を被っている人が、世の中にはたくさんいるのだ。

 

4.良心的(?)な営業電話

 「営業です」と正直に答える人は、こちらにとっては有難い存在だ。

電話応対にかける時間と労力もあるのだから。

他にも、

  • 「間違えました」と言ってすぐ切る(家庭向け営業業者に多い)
  • 何も言わずに切る(女(事務員)を始めから相手にしない)
  • 同じ番号で何度もかけてくる(迷惑電話登録してあるので)

などは、仕事中の身としてはとても楽だ。

けれど、『そもそもかけてこないでほしい』ということには変わりはない。

 

5.必死で頼み込んでくる業者もいる

 1年の間に2件しか遭遇していないが、ある意味「迷惑」ではなく「同情」してしまうケースもある。

  • 1分でいいのでお話を聞いてください
  • パンフレットを渡すだけでいいので会社に伺わせてください
  • 契約しなくてもかまわないのでお話だけ聞いてください

相手曰く、それだけでノルマがこなせるとのこと。

最終目的が『契約』ではなく『成績』だと言って同情を誘う業者は多いし、普段からお世話になっている会社にも、こういうケースはある。

しかし、約束なしで突然営業電話をかけてきて、ここまで言ってしまう業者は、人の心理をよくわかっているのか、それとも自分のノルマに必死でプライドを捨てているのか…。

 

こうしてブログ記事を書いている間にも、また1件、かかってきた。

ひたすら電話をかけるだけの仕事だ、怒鳴られることもあるだろう。

彼らは、とてもタフだ。

タフな人間でないと、営業の電話など、かけられない。

けれど、こちらも仕事中。

今日もまた、営業電話との攻防戦が繰り広げられる。